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by pugan

金子文子と中西伊之助2

D 獄中期 市ヶ谷 四つの文書と抹殺された獄中日誌

D 獄中期 市ヶ谷
四つの文書と抹殺された獄中日誌

《訊問調書》 金子文子自身のテキストではなく裁判所書記の筆記。しかし思想を表現させようとする文子の意思は現されている。
調書で表現された平等主義、天皇という存在への疑問
「私は予て人間の平等と云う事を深く考えて居ります。人間は人間として平等であらねば為りませぬ。…」
《獄中からの手紙》 監獄当局の検閲があるが文子の意思が適確に語られている
二月二六日の手記 一晩で書きあげる
手紙を読み解くことの必要
《自伝》 朴烈を知る時点まで。栗原和男が編集、刊行される
《歌》 主として手紙に書かれる 

抹殺された獄中日誌 第三回訊問調書記載「私は目下入監中日誌を認めて居ります。昨年一一月六日の欄に私は次の様な事を書きました。……」

 調書で表現された平等主義、天皇という存在への疑問
「私は予て人間の平等と云う事を深く考えて居ります。人間は人間として平等であらねば為りませぬ。其処には馬鹿も無ければ利口も無い強者もなければ弱者も無い。地上に於ける自然的存在たる人間としての価値から云えば総べての人間は完全に平等であり、従って総ての人間は人間であると云う只一つの資格に依って人間としての生活の権利を完全に且つ平等に享受すべき筈のものであると信じて居ります。具体的に云えば人間に依って嘗て為された為されつつある又為されるであろう処の行動の総べては、完全に人間と云う基礎の上に立つての行為である」

手紙を読み解くことの必要
「…即ち平等観の上に立った結束ばかりが真に自由な、人格的な結束ではあるまいか。今の妾──今の立場に於ける妾はPの同志でありPは妾の同志であった。そして妾は今同志としてのPを想う以上に、何の考えも持っては居ない。今の妾が求めているものは、男ではない、女ではない。人間ばかりである。…」

「今はあの世の逝って了った初代さんと一緒に、柄にもなく芹とりに行った日 のことなど、如何にも忘れ難いロマンチックな思い出となって、甦って来る。人間的な ──そうです、あまりにも人間的な欲求が頭を拡げます」

「……妾は人間として行為し、生活して来た筈だ。そして妾が人間であることの基礎の上に、多くの仲間との交渉も成立していた筈だ、そしてそう見ることによってばかり初めて真の同志ではなかろうか、即ち平等観の上に立った結束ばかりが真に自由な、人格的な結束ではあるまいか。今の妾──今の立場に於ける妾はPの同志でありPは妾の同志であった。そして妾は今同志としてのPを想う以上に、何の考えも持っては居ない。今の妾が求めているものは、男ではない、女ではない。人間ばかりである。 相手を主人と見て仕える奴隷、相手を奴隷として憐れむ主人、その二つながらを、ともに私は排斥する。個人の価値と権利とに於て平等観の上に立つ結束、それのみを、只それのみを、人間相互の間に於ける正しい関係として妾は肯定する、従って妾と他人との交渉の一切を、その基礎の上にのみ求めることを、妾は今改めて、声高らかに宣言する」

一九二三年一〇月二〇日 不逞社同志が治安警察法違反で「予審請求」される。

被告朴準植は虚無思想を抱き権力の破壊を念としたるより有力なる同志の集団を組織せんことを企て本年四月中旬豊多摩郡代々幡町大字代々木富ヶ谷千四百七十四番地自宅に於て相被告金子文子…相会し無政府主義傾向の同志を糾合団結し其主義上必要なる社会運動及暴力に依る直接行動を目的とせる秘密の団体を組織せんことを協議し被告等共謀の上不逞社なる名称の下に表面同志の親睦計るの如く装ひ其実前記の目的を達成すへき秘密結社を組織して之に加入し被告……は六月中就れも右不逞社に加入したるものなり…

一九二三年 一一月二七日 新山初代死去。二二歳。

「ふみちゃん」と友は呼ばはり
鉄格子窓に我も答へぬ獄則を無視して

一九二三年一一月頃 中西伊之助「朝鮮人のために辯ず」執筆『婦人公論』一一年一二月合併号掲載
 一 ……
──それは即ち朝鮮人の不逞行動と云ふ流言蜚語でありました。それに対する日本人の強い憎悪と反撃でありました。かうした混乱時代に、正確な報道機関のない場合、かかる事柄も、或は無理でないかも知れませんが、少しく朝鮮を研究し、朝鮮人を意識してゐるものならば、あまりにその真相の空虚なるに驚かずにはゐられないのであります。…
 二
 私は、所謂不逞鮮人と世間から貶称されてゐる朝鮮青年をかなり多く知つてゐます。そしてその人達の訪問を受けることもあります。
……殊に古代東洋文化史上から見るならば、朝鮮はむしろ日本の先進国であると云つても、決して過言ではないのであります。……
(明治初年の征韓論に触れ)日本人が朝鮮人に対する知識、感情の錯誤は、この近代的歴史の事実が生み出した不幸であると云つても、決して誤らないのであります。そしてこの不幸が、今尚深く日本人の潜在意識となつてゐるのであります。
 三 (報道への批判)
 試みに、朝鮮及日本に於て発行せられてゐる日刊新聞の、朝鮮人に関する記事をごらんなさい。そこにはどんなことが報道せられてゐますか、私は寡聞にして、未だ朝鮮国土の秀麗、芸術の善美、民情の優雅を紹介報道した記事を見たことは、殆どないと云つていゝのであります。そして爆弾、短銃、襲撃、殺傷、──あらゆる戦慄すべき文字を羅列して、所謂不逞鮮人──近頃は不平鮮人と云ふ名称にとりかへられた新聞もあります──の不逞行動を報道してゐます。それも、新聞記者の事あれかしの誇張的な筆法をもつて。……

朝鮮及朝鮮人に対する日本人の近代的知識は、私から見れば、絶無と云つてもいゝのでありまして、それに対する知識の普及が全く欠如してゐると云つても決して差支えはありません。……

朝鮮は、四千年の歴史を有する、東洋の君子国であります。……朝鮮民族は、平和の民であります。彼は決して侵略の民族ではありません。彼の歴史は、明かにそれを証明してゐます。…
朝鮮は芸術の国であります。東洋の形象美術は、むしろこゝにその発祥を為したものであると申しても、決して過言ではありません。否、世界史上に於ける、美術の先進国であると申しても、差支えないのであります。私は、あの楽浪時代の建築美術が、その同時代に、世界のどこにあれくらゐの発達を遂げてゐたかをきいてみたいのであります。

…日本人の兄姉よ、どうか卿等のその脳底から、黒き幻影としての朝鮮人をとり去つて下さい。そして、明るい、愛すべき民族としての朝鮮人をながめて下さい。日鮮問題は、そこから雪のやうに解けて行きます。

一九二四年一月二二日 金子文子第三回訊問調書 

問 虚無的主義を抱く様に為ったと云う次第は什うか「社会制度の欠缺による侮辱の総てでありました。社会制度の欠缺は私が無籍であったと云う事に依って私が社会から受けた待遇が一端として十二分に証明して居ります。前回申上げました通り私は幼児無籍でありました。つまり私は日本の土地の御厄介に成り乍ら日本の人間でも無く何処の国の人間でも無く私の籍は天国に在ったが為め、私は日本の人間で無いのに拘らず、日本の制度から精神的にも堪え得られない虐待を受けました」            

問 日本の国家社会制度に対する被告の考え方「第一階級は皇族であり第二は大臣、其の他政治の実権者であり、第三階級は一般民衆であります。第一階級たる皇族を丁度 摂政宮殿下は何時何分に御出門と云う様に牢獄的生活に在る哀れなる犠牲者であり、皇族は政治の実権者たる第二階級が無智な民衆を欺く為めに操って居る可哀想な傀儡であり操り木偶であると思います」

「私は目下入監中日誌を認めて居ります。昨年一一月六日の欄に私は次の様な事を書きました。人間の命なんて権力の前には手毬の様に他愛なく扱われて居る。御役人方遂々私を監獄に投り込みましたね。だがね悪い事は言いませぬよ。今度の事件を具体化した様な未然に防ごうと御思召なら此の際です私を殺して仕舞はなければ駄目ですよ。私に何年でも牢獄生活をさせても再び私を社会に出したなら、必ず必ず遣り直して御目に懸けますよ。貴方方の御手を煩わす世話の無い様に先ず私の此の身体を亡して御目に懸けますよ。まあまあ私の此の身体を何処へなりと持っていらっしゃい。断頭台へでも八王子へでも。どうせ一度は死ぬ身体です。勝手に為さるがいい君等が私を左様する事は飽く迄も自分に生きたと云う事を証明して呉れる丈けです。私はそれで満足します」    
一九二四年二月一五日 《爆発物取締罰則違反、追起訴》爆発物取締罰則違反被告事件の追予審請求書中起訴事実を読み聞かせる…(金子文子第九回訊問調書二四年三月一九日)

一九二四年五月一四日 平等主義、天皇の存在、天皇国家批判「…消極的には私一己の生の否認であり、積極的には地上に於ける権力の倒壊が窮極の目的でありました。私が坊ちゃんを狙ったのはそうした理由であります。……私は今後も為たい事をして行きます」 (金子文子第十二回予審訊問調書)

一九二四年二月 朴烈「一不逞鮮人より日本の権力者階級に与ふ」執筆、汝等暴虐なる日本の権力者階級よ………他国他人種又は他民族の暴戻に対しては、美しい正義人道の名の下に殆んど狂的に迄で興奮して騒ぎ廻る癖に、自分達の夫れに対しては、何処を風が吹くかとばかりに受け流すが如き最も破廉恥なる汝等日本の権力者階級よ?………東京監獄一独居房にて  
              
一九二四年五月一四日 

金子文子、天皇国家批判「私は予て人間の平等と云う事を深く考えて居ります。人間は人間として平等であらねば為りませぬ。其処には馬鹿も無ければ利口も無い強者もなければ弱者も無い。地上に於ける自然的存在たる人間としての価値から云えば総べての人間は完全に平等であり、従って総ての人間は人間であると云う只一つの資格に依って人間としての生活の権利を完全に且つ平等に享受すべき筈のものであると信じて居ります。 具体的に云えば人間に依って嘗て為された為されつつある又為されるであろう処の行動の総べては、完全に人間と云う基礎の上に立つての行為である。

……此の心持つまり皇室階級とし聞けば、其処には侵す可からざる高貴な或る者の存在を直感的に連想せしむる処の心持が恐らく一般民衆の心に根付けられて居るのでありましょう。語を換えて云えば、日本の国家とか君主とかは僅かに此の民衆の心持の命脈の上に繋り懸って居るのであります。

元々国家とか社会とか民族とか又は君主とか云うものは一つの概念に過ぎない。処が此の概念の君主に尊厳と権力と神聖とを附与せんが為めにねじ上げた処の代表的なるものは、此の日本に現在行われて居る処の神授君権説であります。苟も日本の土地に生れた者は小学生ですら此の観念を植付けられて居る如くに天皇を以て神の子孫であるとか、或は君権は神の命令に依って授けられた者であるとか、若くは天皇は神の意志を実現せんが為に国権を握る者であるとか、従て国法は即ち神の意志であるとか云う観念を愚直なる民衆に印象付ける為めに架空的に捏造した伝説に根拠して鏡だとか刀だとか玉だとか云う物を神の授けた物として祭り上げて鹿爪らしい礼拝を捧げて完全に一般民衆を欺瞞して居る。

斯うした荒唐無稽な伝説に包まれて眩惑されて居る憫れなる民衆は国家や天皇をまたとなく尊い神様と心得て居るが、若しも天皇が神様自身であり神様の子孫であり日本の民衆が此の神様の保護の下歴代の神様たる天皇の霊の下に存在して居るものとしたら、戦争の折に日本の兵士は一人も死なざる可く、日本の飛行機は一つも落ちない筈でありまして、神様の御膝元に於て昨年の様な天災の為めに何万と云う忠良なる臣民が死なない筈であります。

然し此の有り得ない事が有り得たと云う動かす事の出来ぬ事実は、即ち神授君権説の仮定に過ぎない事、之れに根拠する伝説が空虚である事を余りに明白に証明して居るではありませぬか。全智全能の神の顕現であり神の意志を行う処の天皇が現に地上に実在して居るに拘らず、其の下に於ける現社会の赤子の一部は飢に泣き炭坑に窒息し機械に挟まれて惨めに死んで行くではありませぬか。

此の事実は取りも直さず天皇が実は一介の肉の塊であり、所謂人民と全く同一であり平等である可き筈のものである事を証拠立てるに余りに充分ではありませぬかね。御役人さん左様でしょう。

……寧ろ万世一系の天皇とやらに形式上にもせよ統治権を与えて来たと云う事は、日本の土地に生れた人間の最大の恥辱であり、日本の民衆の無智を証明して居るものであります。

……学校教育は地上の自然的存在たる人間に教える最初に於て(旗)を説いて、先ず国家的観念を植付ける可く努めて居ります。等しく人間と云う基礎の上に立つて諸々の行動も只それが権力を擁護するものであるか否かの一事を標準として総ての是非を振り分けられて居る。そして其の標準の人為的な法律であり道徳であります。

法律も道徳も社会の優勝者により能く生活する道を教え、権力への服従をのみ説いて居る法律を掌る警察官はサーベルを下げて人間の行動を威嚇し、権力の塁を揺す處のある者をば片っ端から縛り上げて居る。

又裁判官と云う偉い役人は法律書を繰っては人間としての行動の上に勝手な断定を下し、人間の生活から隔離し人間としての存在すらも否認して権力擁護の任に当って居る。 ……地上の平等なる人間の生活を蹂躙している権力という悪魔の代表者は天皇であり皇太子であります。 私が是れ迄お坊っちゃんを狙って居た理由は此の考えから出発して居るのであります。地上の自然にして平等なる人間の生活を蹂躙して居る権力の代表者たる天皇皇太子と云う土塊にも等しい肉塊に対して、彼等より欺瞞された憫れなる民衆は大袈裟にも神聖にして侵すべからざるものとして、至上の地位を与えてしまって搾取されて居る。

其処で私は一般民衆に対して神聖不可侵の権威として彼等に印象されて居る処の天皇皇太子なる者の実は空虚なる一塊の肉の塊であり木偶に過ぎない事を明に説明し、

又天皇皇太子は少数特権階級者が私服を肥す目的の下に財源たる一般民衆を欺瞞する為めに操って居る一個の操人形であり愚な傀儡に過ぎ無い事を現に搾取されつつある一般民衆に明にし、又それに依って天皇に神格を附与して居る諸々の因習的な伝統が純然たる架空的な迷信に過ぎない事、従って神国と迄見做されて居る日本の国家が実は少数特権階級者の私利を貪る為めに仮説した内容の空虚な機関に過ぎない事、

故に己を犠牲にして国家の為めに尽すと云う日本の国是と迄見做され讃美され鼓吹されて居る彼の忠者愛国なる思想は、実は彼等が私利を貪る為めの方便として美しい形容詞を以て包んだ処の己の利金の為めに 他人の生命を犠牲にする一つの残忍なる慾望に過ぎない事、

従てそれを無批判に承認する事は即ち少数特権階級の奴隷たる事を承認するものである事を警告し、そうして従来日本の人間の生きた信条として居る儒教に基礎を求めて居る他愛的な道徳、現に民衆の心を風靡し動もすると其の行動をすらも律し勝な権力への隷属道徳の観念が実は純然たる仮定の上に現れた錯覚であり空ろなる幻影に過ぎない事を人間に知らしめ、それによって人間は完全に自己の為に行動すべきもの宇宙の創造者は即ち自己自身である事、従て総ベての〈モノ〉は自分の為に存在し全ての事は自分の為に為されねばならぬ事を民衆に自覚せしむる為に私は坊ちゃんを狙って居たのであります。」


「私等は何れ近い中に爆弾を投擲することによって地上に生を断とうと考えて居りました。私が坊ちゃんを狙ったと云う事の理由として只今迄申上げました外界に対する宣伝方面、即ち民衆に対する説明は実は私の此の企私の内省に稍々著色し光明を持たせたものに過ぎないのであって、取りも直さず自分に対する考えを他に延長したもので、私自身を対象とするそうした考えが即ち今度の計画の根底であります。

私自身を対象とする考え、私の所謂虚無思想に就いては既に前回詳しく申し上げて置きました。私の計画を突き詰めて考えて観れば、消極的には私一己の生の否認であり、積極的には地上に於ける権力の倒壊が窮極の目的でありました。私が坊ちゃんを狙ったのはそうした理由であります。

……私は今後も為たい事をして行きます。其の為たい事が何であるかを今から予定する事は出来ませぬが、兎に角私の生命が地上に在らん限りは〈今〉と云う時に於ける最も〈為たい事〉から〈為たい事〉を追って行動する丈は確かであります」第十二回予審訊問調書  

一九二四年一二月二九日 朴烈「働かずにどしどし喰ひ倒す論」執筆         

一九二四年一二月三〇日 朴烈「俺の宣言」執筆、人類は生れながらにして唯如何にしても死なざらんとする生命慾の塊であると同時に、……

一九二五年三月一日 朴烈「陰謀論」執筆

一九二五年五月二一日 金子文子、立松判事宛に手紙を書く「今、朝の六時過ぎ。……二三日前差入れられた、或るロシア作家の論文集を開けて見たら、ふと斯う云う文句が目についたのをキッカケに、あなたに説教する。『生きる事を欲する人間に、生きる事を欲しないように説教する事は滑稽である。人生が直接の満足を与える人間に向って、彼には生きる事が極めて不愉快であろうと語る事は誠に滑稽である。と同様に……』云々。で私は、あなたに云います……『生きる事を欲しない人間に、生きる事を欲するようよう説教する事は滑稽である。人生が直接の満足を与えない人間に向って、彼には生きる事が極めて愉快であろうと語る事は誠に誠に滑稽である。』最後に、アルツイバシユフは云った。……判事さんあなたは不徹底で困る。……二十一日朝 金子婦美」(金子文子第一九回訊問調書に転載される)              

一九二五年五月三〇日 大逆罪であると判事から告げられる。歌二首を記す。「…刑法第七三条皇室に対する罪に当る様にも思えるので、そういう事であれば事重大であり、管轄も大審院の管轄になる事となるから、当職も此事件に干与し立松予審判事と共助することとなり、今一応被告に対して確かめるのであるが、之迄……」「……皇太子殿下を亡きものにし様と計画したのであったか」「左様です」問「被告は朴と相談の上爆弾投擲を企てたに関わらず朴は主として天皇陛下と皇太子殿下を爆弾投擲の対象とし、被告は主として皇太子殿下を其対象とし二人の間に相違あるのはどういうわけか」答「比較的可能性の多いと思われた皇太子を第一対象として計画を進めた迄の事であって……」 (金子文子第二〇回訊問調書、市ヶ谷刑務所、予審判事沼義雄)                   

一九二五年六月六日 問「皇太子殿下の御結婚を期し殿下に危害を加えることは計画していたことは違いないか」答「そうです」(金子文子第二三回訊問調書東京地方裁判所、予審判事立松懐清)

一九二五年七月七日 予審終結決定

一九二五年七月一七日 検事総長、朴烈と金子文子に対し刑法七三条と爆取罰則で改めて予審起訴

一九二五年七月一八日 判事、朴烈と金子文子に対し接見禁止、書類年物品の授受禁止にする 金子文子、朴烈第一回予審訊問

一九二五年八月 栗原一男は不逞社の消息に関して運動紙に記述
編輯餘滴
「尚ほ、私用に紙面を借りるが、あの震災直後、同志の一網打尽の収監によつて、殆ど手も足も出しやうのなかつた、市外代々木富ヶ谷一四七四現社会社、不逞鮮人社は事実上、そのまゝになつてゐるが、その跡始末に就ても亦其後限りない迫害に消息不明だつた同志に就ても、大抵お答出来る。心に思つて下さる諸君は照会して呉れ給へ」。クリバラ記
『自我人』大正十四年八月十八日印刷 八月二十日発行、第一号、編輯発行兼印刷人、松永鹿一、東京西巣鴨宮仲二五七三
発行所自我人社東京市芝区仲門前町三ノ三 一部十銭、一面《ツツヂの花》と題して文子の歌を数首掲載

ギロチンに…、ブルヂュアの庭に…、ぐんぐんと、生ひ育ち行く…、友の服…、一度は捨てし
三面《世は太平無事》朴烈
 聞けば、今度の××でも、亦例の何とか法を、取扱ふと云ふんぢやないか。
 矢張り誰が内閣を作つても日本の国を治めて行くためには、是非とも例の何とか法が必要だと見えるね。
 だが必要とあらば、為政者は、何とか法にしろ、遠慮なくドシドシ発布施行して、その権力の行使を、徹底させるがよい。そうして、それによって、日本の国が、全く泰平無事に、治めて行くことが出来れば、誠に結構だ、そしてまた、それとは正反対に行つても、それは誠に結構だ。それは、どうであつても結構だ。従つて日本の為政の徒は、その外境の屁の如き毀誉褒貶なんかにくよくよせずに、正直にそして頑強に、最も大胆にその信じ得る処を、上滑的でなく、徹底的に断行して貰たいものだ。…… 
四面、刑務所消息、朴烈生
昼寝の運動
…お差入れ下さった書籍と衣類とは即日受取った。(原文が中略)


一九二五年一一月一一日 接見禁止を解く

一九二五年一一月末か一二月初め 接禁解除後、中西伊之助が朴烈に面会

【報道】

一九二五年一一月二五日『東京日日新聞』夕刊〈震災渦中に暴露した朴烈一味の大逆事件〉〈来月八、九両日特別裁判開廷(本日解禁)〈朴、筆を傾けて獄中に自叙伝 雑誌『自我人』にも寄稿〉              

一九二五年一一月二五日『東京朝日』夕刊〈震災に際して計画された鮮人団の陰謀計画〉《近く刑務所で正式の結婚式、自叙伝を書く文子と読書にふる朴烈》「朴列、金子文子の両人は東京刑務所に収容されそれぞれ独房におとなしく公判の日を待ってゐるが最近は訪れるものもなく、係り弁護士に朴烈の実兄である朴庭植(四〇)が時々訪れて両人を慰めてゐるさうである、最近係り弁護人である布施氏が両人を訪れると両人は非常に健康で、両人とも読書三まいにさびしく日を送り、文子は自分が今日になったのは血のにじむやうな生活がかく至らしめたものでいまその歩いて来た過去の生活を「生い立ちの記」として執筆中で既にいま五百枚からの紙数になり引続き稿を続けてゐるさうである又朴烈は専ら読書に耽つてゐるが今度の取調べに対し可なり不満を抱いてゐる模様で「日本の権力階級に対する不てい鮮人」とか「陰謀論」などをこれに執筆し裁判長に提出したさうである、それは裁判官が必要以外な取調を行ひ必要以外の圧迫を加へたといふて憤慨してゐるとかであるが金子文子との間柄は単に内縁といふことになつてゐたのでいろいろ友人や弁護士の心やりや本人等の希望で近く裁判所側の諒解を得て正式の結婚式を所内で挙げることになつてゐる。」
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by pugan | 2011-05-22 16:40