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by pugan

金子文子 手紙 『婦人サロン』掲載

金子文子 手紙          
同志栗原一男宛 参考テキスト『婦人サロン』掲載原本複写 データ入力2002.12.29

<四月二十四日> 

三尺の高窓から、本当に春らしい麗かな陽ざしが、三疊の畳の上に、くっきりと影を映して、蒼空の遠い彼方の断面が、疲れた瞳に心地よい憩いを送って来ます。思うともなしにヂット空

の色に見入っていると、郊外の家に、大勢の仲間と一緒に、とりとめもない談笑に送っていた或る日のことや、今はあの世の逝って了った朝代さんと一緒に、柄にもなく芹とりに行った日

のことなど、如何にも忘れ難いロマンチックな思い出となって、甦って来る。

 と──コツコツと重い扉を叩く音が、幻想の世界から妾を引き戻す。  

『四十九号さん-』それは何時もやさしく呼びかけてくれる主任看女さんの声── 

妾は一通の分厚い便りを渡された。云うまでもなく、それは一昨日、貴方と面会した後から、貴方が妾のために骨折ってくれた差入物のことどもを詳しく書いてくれた手紙でした。

妾がそれを読終わるまで、N(仮にこう呼んで置きます)看守さんは、頁をくる妾の手許と、文字を走って行く妾の眼先をヂッと見つめて居られる。

『今日は本当に春らしいいいお天気ですのね……』  

お天気をいろいろと話していた妾は急にお天気に誘惑され、こんないい日には、ゆっくりと庭を散歩したり、何んにも考えずに庭の青草の上に寝ころびたくなったのです--  

そうです。本当に自然の美しい世界は、妾の、いや囚われている者の、先づ第一に要求する世界です、憩い場です、糧です、そして自由な心の洗濯場です。  

庭には雑草が一ぱい生えていた。で妾は、N看守と一緒に、草取りに出ることを許されました。  

 

  うづくまり 庭の日陰に小草引く  

      獄の真昼は、いと静かなり  

 

本当に静かです、屋根瓦の上で雀が囀る位のものですね……

又色々の事が思われます。  

 

  指にからむ 名もなき小草、つと引けば  

      かすかに泣きぬ「われ生きたし」と  

 

指先が慄えて、手を外すこともあります。可哀想になってね……けれどもまた、  

  抜かれまじと 足踏んばって 身悶ゆる  

      其の姿こそ、憎く、かなしく  

 

で、こと更に荒々しく引き抜いて了うこともあります。  

ちょっと痛快ですね、時にはまた--  

 

  うつ向きて 股の下より 人を見ぬ  

      世のありさまを、さかに見たくて  

 

こう云う変った芸当もやって見ます。

 その日は恰度日曜日--免役日でした。女囚が五六人--二名の看守に護られて草をとっていました。遊びがてらにね。  

 

  免役日、若き女囚が結い上げし  

      銀杏返しも今日は乱れず  

 

若い女の髪が乱れていない。当り前のことですが、その当り前のことにも、斯うした天と地とに囲まれていては、云い知れぬ淋しみを誘うものです。

彼女等の傍らに、その着衣と同じ色の躑躅が咲いていました。彼女等は奇麗だと云って立どまりました。

が妾には、  

  ギロチンに 斃れし人の 魂か   

     庭につゝじの 赤きまなざし  

 

斯う思われてなりません。  

二三日前、久しぶりで出廷したら、四谷見附近の立派な邸宅めいた家の門角に、同じ色した躑躅が咲いていました。  

  ブルジョアの 庭につゝじが 咲いて居り   

     プロレタリアの 血の色をして  

 

斯うした観方をする妾を、哀しくさえ思います。美しいものを、只美しいと肯定されない妾自身の心を……  

赤い躑躅の上に、女囚の銀杏返しの上に、遅れ咲きの桜の花弁が、ホロホロと音もなく散りかゝりました。  

 

  花は散る、花は散れどもギロチンに   

      散りて花咲く××かな  

ねえ--こんな時の妾は馬鹿に元気がいいでしょう。

でもね、たまには庭に立ったまゝ、考え込むこともあります。  

 赤い入陽に背を向けて……  

 青い木陰にたゞずめば  

 うすむらさきの悲しみに  

 くろくおのゝくわが心  

 銀の色して鐘がなる  

この意味と、こうしたロマンチックな気持ちが、お解かりですか。

午後四時--妾は今、草取りを終わって心地よく疲れた身体を、二尺と一尺ばかりの小さな机の前に運んでいるのです。

たった一人!妾の好きな生活、たった一人きりでいるその生活--

妾は何時も独りで、こうしてヂッと時の流れを見つめていたい、色々のことが想い出されてね。  

 

   上野山、さんまい橋に より縋り  

      夕刊売りしこともありしが  

 

その頃の、張りつめた、そうです、生きることにと云うより、その日の食をとるために専念していた頃の、自分の姿を省みます。  

 

   籠かけて、夜の路傍に佇みし  

      若き女は、いま獄にあり  

 

この身の転変! 

情熱とはち切れる程の元気に燃え立っていた自分を、自分を、自分ながら驚いて眺めて見ます。  

 

   居眠りつ、居眠りつ尚お 鈴ふりし、  

      五とせ前の、わが心かなし  

 

云い様のない哀れな、痛ましい、しんみりとした気持ちになります。

座ったまゝ眼をつむっていると--  

 

   滝白く、松緑なる ××山の  

      すがたちらつく獄のまぼろし  

 

汽車で、あの妾の故郷である街と山との風景を貴方が見送られるなら、きっとこの言葉を憶い出して下さいまし。

夕方になると暮れる日を惜しんでか、どよめき立つ娑婆の雑音が、鉄の扉と金網越しの高窓から、手にとるように響いて来ます。  

どんなにか、娑婆の夕方は五月蠅ことでしょう。

警笛──電車──自動車──子供、子供、女、籠を下げた、車に乗った急がし気な人間の波が、次から次へ街と角に流れる。  

洪水--色々な頭や帽子や、店先の色とりどりな品物の走馬灯が、妾の目の前でぐるぐると転回します。

黙々と歩いて行く男、物欲しげに店頭に瞳を送って行く女……女、それぞれ自分を自覚しようとしまいと、人は皆只生きるために生きているのですね。

謂わば生きようとする力に引きずられているのですね。  

 

    生きんとて 生きんとて 犇き合う  

       娑婆の雑音、他所事にきく  

 

生きようとして藻掻いている姿や、そのために掻き起される争やを、ヂッと斯う見つめている時、

妾の心は不思議な程にも静かに落ついて「真如」とでも云いたいような気分になるのです。

所謂悲しみをも喜びをも超越し去った淋しい程にも静かなニヒルの境が、此処に展開されるのです。

でもね、やをらこの現実に瞳を落すと、超越ばかりはしてはいられません。

人間的な──そうです、あまりにも人間的な欲求が頭を拡げます。

が妾はこの人間的な欲求をヂッと押えて、素直らしい仮面をかむっていなければなりません。

がこの仮面は、此処にいる妾ばかりではありませんね、凡てが仮面を冠っています。  

考え込むとこの仮面が、仮面舞踏会の役者共と一緒に生きていることが癪にさわって胸がむしゃくしゃに引掻き廻されて本当に厭になります。  

 

    ひと夜ならで、何時ゝゝ 迄も覚むなると

       希いて寝ねる、近頃のわれ  

 

本当にこう思うことがあります。柏蒲団を冠って、人知れず亡き濡れることもあります。

するとね、蒼白い死の世界の怪物の月が、この上にも妾をいぢめつけるのです。   

 

   うら若い 囚われ人は たゞ独り   

       さみしくもいて、身じろかず   

──月影   今宵もまた高窓越しに   黒い格子を寝顔にうつし……  牢舎の夜は、墓場です。

文字通りに死の寝床です。妾の意識も、みんなこの墓場で憩います。が朝ともなればまた、   

 

   朝くれば 此の屍に 心戻り   

       鉄格子見ゆ、暗く明るく  

 

笑ってはいや! 閉ざされた部屋とは云え、朝のすがすがした空気は、淡い乍らも燃え立ってくる希望を、妾の心に喚び覚します。

 が、こうしている、いなくてはならない自分であることを知ると、今日の一日も亦かと暗い気持ちに襲われます。   

 

   わが魂よ、不滅なれなど 希うかな   

        とじ込められて獄にいる身に   

 

何故ってね……   

 

   肉と云う 絆を脱し わが魂の  

        仇を報ゆる すがたなどを想いて  

 

この気持ちは、貴方には恐らくお解かりでしょうね。いやこうしている者の誰もが、一度は思う気持ちでしょうね。

未練がましいと仰云られますか? 妾も亦考えないではありません。こんないさかいを続けている自分の魂も滅んで了って、

人の世の、ありとあらゆる醜と手を切ることが出来るなら、それに越したことはないではないかと……  

何時も食人種のうわ言しか云わない妾が、今日はいやに神妙になって、長い手紙を書きました。さよなら。

 

<四月の或る日に──>

「達者でいてくれ、同志はみんな達者だ!」とばかり云わないで、凶いこともたまには知らしておくれ!

差入れまでしてくれた、そして堅実な有望な同志、生粋な妾達の仲間が、二人まで獄死しているぢゃないの?

「達者でいてくれ」、有りふれた古い言葉にも新しい心根が植付けられているとは云え、そうした言葉をきくよりも、

こうした事実を知らされた方が、心が引きしまる──「××の圧制に勇敢にも戦った同志は、斯うして獄に斃れて行く、

……だが妾は? 妾は決して意気地なく牢死等をしてはならない」斯う思ってね、だらけた心根も引きしまる。  

生前に会った同志G兄のガッチリした態度や、顔立ちや、××××に載っていた詩などを思い合わせては、

何とも言われぬ悲痛な気がする。惜しかった、本当に惜しかった、その辺の所謂気取り屋さんとは違って、

あの人は不遜ビラ位で、命を落とす人でなかった。 そう思うと、妾は今、心の中で泣いている胸が一杯になって来て──

こうした時に、心から同じ道を歩む者としての、堅い堅い結束の程が望ましい。売名屋さんや、妥協主義者や、日和見主義の、

そうしたなまくら者の一切を超越して××への復讐を、実感を以って叫んで見たい。その行動を生活したい──

と、貴方がたは、ぐるになって、妾の耳に、娑婆の生々しい血のしたゝっているニュースは入れないように工夫しているのだね──

よろしい、覚えておいで、妾があの世で先廻りをしているから、その時にはきっと、ひどい目に遭わしてやるから……  

ここまで書いていると、数日前貴方に宛てた手紙──

「不逞な夢の報告」が怪しからんと云って、不許になって舞い戻って来た。

いや、夢にまで不逞な真似を演ずるのは怪しからんと斯う云う訳さ、誰かゞ妾の言葉が強烈すぎると云った。

妾には判らない、生活を奪われている者にとっては、そして殊にPのように彼女の夫ニヒリズムに徹底していない妾にとっては……

また改めて書くことにしましょう。  

帯、あんまりボロボロになって捨てて了ったので、贅沢な言草だが、一筋きりしめ代えがないから、妾の荷物の中──

鼠の復讐から無難だったら、帯、縮緬帯揚げ、モスリン下帯、黒い解かし櫛、以上の品々を差入れていただきたい、ではお願いまで。

 

 

<あたしの宣言として──>  

……貴方からの手紙が来た、そこであまり大きな声では云えないが、上半身裸体のまゝ隅の蒲団の上に腰うちかけて、

早速読み初めた、

「女性としてのあなただもの、娑婆にいた頃の、せめてもの思出に、

娑婆にいた時の物が獄内で用いられゝば、心地よい思出の一つともなろう……」

なる程、懐郷病患者の情が充たされると云うそれだけなら、とも角として、

妾の上に、そんなロマンチックな想像を冠せようとは、

「女性としての妾」を知って「人間としての妾」を知らないものよ、まあ人を見て法を説いて貰いましょうか……  

以上の前提による結論としての蒲団毛布等の差入れでしたら、きっぱりとお断わりしましょう。  

蒲団は、一女性である妾が、(貴方等が妾に与えてくれた資格を逆用して)一人間の資格に於て勇敢に返上する、

そしてこう宣言する。 「貴方がたは、妾を一体なんだと見ているのだろう。女性としてか、人間としてか、女性としてのあなたが……」

妾に対してこんな言葉を用いることをかたく禁じる、妾は女性としてこの世にあったのだろうか、

では女性である妾、いや一女性にすぎない妾と、人間としての妾を圧制していた××との間にどんな交渉があるのでしょうか、──

姦通制裁の撤廃運動でもやる方が、ヨリ正しくはなかろうか──

妾は人間として行為し、生活して来た筈だ。そして妾が人間であることの基礎の上に、多くの仲間との交渉も成立していた筈だ、

そしてそう見ることによってばかり初めて真の同志ではなかろうか、即ち平等観の上に立った結束ばかりが真に自由な、

人格的な結束ではあるまいか。  成程Pと妾との間は、同志としての意外の交渉もあった、だがそれは外のことではない。  

今の妾──今の立場に於ける妾はPの同志でありPは妾の同志であった。

そして妾は今同志としてのPを想う以上に、何の考えも持っては居ない。  

又、同一戦線上に立つ者達の間に、何の性的差別観の必要があろうか、性欲の対象としてても見ない限り、

女とか、男とか云う様な 特殊な資格が、何の役に立つであろう。同じ人間でいいではないか、

そしてそれ以上に何が必要であろうか。  妾はセックスに関しては、至極だらしのない考えしか持っていない。

性的直接行動に関しては無条件なのだ、それと同時に妾が一個人間として起つ時、即ち反抗者として起つ時、

性に関する諸々のこと、男なる資格に於て活きている動物──そうしたものは妾の前に、

一足の破れた草履程の価値をも持っていないことを宣言する。  

今の妾が求めているものは、男ではない、女ではない。人間ばかりである。  

妾は人間として活きている、妾は以上の理由に基いて、「か弱き性を持った」女性として見られることを拒む──

と同時に、その前提の上に立つ諸々の恩恵を、一切キッパリとお断わりする。  

相手を主人と見て仕える奴隷、相手を奴隷として憐れむ主人、その二つながらを、ともに私は排斥する。

個人の価値と権利とに於て平等観の上に立つ結束、それのみを、只それのみを、

人間相互の間に於ける正しい関係として妾は肯定する、従って妾と他人との交渉の一切を、

その基礎の上にのみ求めることを、妾は今改めて、声高らかに宣言する。

 

 

<九月一日の思出に──>

今日は九月一日──

震災のあったあの日はあの家のあの草原に、積み上げた畳の上で、てんでに訳の解らぬことを言い合い乍ら、

なけなしの米を炊いて食べていた。貴方と××兄と××さん、それにPと妾だったね……

隣の中学生が、ぼんやりと立って聞いていた。  

土手下で、身重の女が、大正琴を弾いていた、広い草原の彼方には、真紅な稲が燃えていた、

月が、夕焼けの太陽のように変って……あゝ物凄い黄昏だったね……

でも何んだか馬鹿に、遠い遠い昔の出来事が、夢の中の出来事の様な気がする……  

▽貴方は此頃とても煙草吸になったのね、今朝来た手紙の中にも。数日前差入れた本の間にも、

煙草の小刻みが、落ちていた、そう思って書物を開くと、何んとなしに煙草臭い、それでも高々バットを吸う、

いやそれより以上吸えない身分なんだから、やかましく言はないとしょうね……  

▽それに貴方は、本当に引越しの名人だ、だから結局、貴方の住所は覚えない方がいい、

なまじっか覚えていると、とんだことになって了う。   

 

とき色の 吸取紙に にじみたる   友の宿居をたどりては読む  

 

▽今日は午前中、二度も三度も、とてもいい目にあった、その一は   

 

窓硝子は 外して写す 帯のさま 若き女囚の 出廷の朝    

 

と云うわけで、かねて頼んで置いた「願の件」で、法廷からお呼び出しになって、

久しぶりに、のんびりとした娑婆の空気を吸った、

その二は   

 

藍の香の 高き袷に包まれて 腑甲斐なき身を、ひとり哀れむ  

 

と云う訳で、腑甲斐ない自分を哀れんではいるものゝ女の浅墓さとでも云うか、

新調の着物に身をくるんだので、誰かに見てもらいたい、見てくれる者もないのか、それとなしに物足りないが、   

 

監視づき、タタキ廊下で××の 同志にふと会う獄の夕ぐれ  

 

その三は、まことにたまさかな、偶然の邂逅であるのに、嬉しくって、夕飯の味を忘れて食べ終った、それ程……、  

だけど、夕方、お役所から帰ってからと云うものは、何故か知れぬ、ばかに娑婆が恋しい。

自嘲してゴロリと横になって見たもの、淡い五燭の電燈の光を、遮切って、澄んだ月影が、高窓の鉄格子を、

くっきりと畳の上に落しているのを、それとなく見つめているとこうして、こんな処に遊び暮らしている──

(妾のすきなせいではないのだけれど──)妾が世間の貴方がたに較べて、惨めな敗北者のように思えて

ならない。何だか世間の貴方がたがねたましい気がする、笑って下さいませ、斯うした気持ちのする時も、

たまにはあるものですよ……さよなら

 

<最後の手紙──> 

 ここは地獄のどん底──地下何千尺の坑内に引きずり込まれているような、

威圧された感じと、もうどうにもならない、最後の一点に起たされている──

そうした妾自身を今日と云う今日こそ、真ともに凝視します。  

永い間、いろいろとお世話になったことも、直接間接に御迷惑をかけたことも、

凡ては忘れ難い追憶であり、感謝でもあります。  

だが、今度こそ、その最後の日が来ました。もう二度と法廷にこの醜い身体をさらすことも

ありますまい。と同時に、悲しくもまた淋しくも、元気で朗らかに輝いている貴方がたとお会いする

機会もありますまい。  

お別れです、おさらばです、こう云うと、妙にメランコックに堕りますが、若しこれが、本統に、最後の

最後の手紙だとしたら、妾は、本当に泣いて了うでしょう。  

が、妾の知る限り、予断される限り妾の手紙はこれが最後となるでしょう。

 

 

夏の夜をそゞろに集う若人の 群を思へば、われも行きたし  

白き襟、短き袂にみだれ髪  われによく似し友なりしかな  

今はなき友の遺筆をつくづくと 見つゝ思ひぬ、友てふ言葉  

友と二人職を求めてさすらひし 夏の銀座の石だゝみかな  

肉と霊、二つの心いさかひに  持つこと久し、今の我が身は  

 

 

凡ては思い出──かすかな感傷を伴って、この世に捨て残して行きます。  

妾自身について云えば、本当に永い間(三年もの間)こうした日の来ることは予測せぬではありませんでした。

ですから、その日のために、幾度か強い強い覚悟と決心とが必要だと思われ、出来るならば、まことに安々と、

平気で眠る様にその来たるべき瞬間を甘受しようと努めていました。 「神」--ある時は、非常に散漫である妾の心を叱って、

これを統率するために、思想に核心を与えるために、「神」を考えぬではありませんでした。

若し神なる観念によって永劫不動な所謂安心が得られるとすれば、この場合、妾はそれで結構でした、が生まれつき、

妾は片意地で、強がりでもあったか知れませんが、神は妾を嘲笑しました。

何故って、神の使徒が寝る目も寝ないで書きのこした著書をば、妾が嘲笑したんですもの──

永い悩みの挙句、妾は、結局私自身を嘲笑して、神や安心やについて、こだわっている自分から、

さっぱりと抜け出して了いました。つまり、神や「死の恐怖」やを忘れて了ったのです。  

それから約二年の歳月は、永いと云えば、永くもあり、短いと云えば、あまりにも短い、そして忽然とこの最後の瞬間に蓬着した様です。  

ふり返って見れば、愚痴が多く、たゞ徒らに煩悶があり、不満があった様です、けれど、

今日となった今日は、案外にも落着いたある種の心の「ゆとり」を獲得していそうです。  

大げさに「悟り」だとか「大悟の境」だとか云うと吃度貴方がたには笑われて了うでしょうけれど、

結局は、悩みの人間は勝利者なんですね、約一年半の間「これではならぬ」とばかり焦心していた妾が、

その焦慮を忘れて了ってそれ以来、二年後の今日、意外にもこんな大それた言葉を書きつけられるんですもの─  

 

 

悲しくもいさかふ心内に見て、  三日ばかりはくつろぎ居しが  

 

 

これは、二年も前の或日の感想です。今は毎日毎日くつろぎすぎているせいか、どうか知りませんが、

これと云ういさかいの心を認めることもありません。  

妾は依然として一介の理想主義者で、今日の妾を諦め切ってもいないし、あまねく世の中に対しても、

これでいいとは決して思っていません。従って所謂世の「曳かれ者の小唄」を歌う気持ちにもなりません。  

これでいいとも思いませんが、これをどうにかしたいと悶えることも致しません。

では運命とかの前に、ひれ伏すかと云うに、それ程大胆な志士的な英雄的な分子は、妾の中に巣食っていそうにありません。

一寸正体の知れない気持ちです。なるようになった訳ですね。来るべき場所に来て了ったのですね。  

この万年筆と、柄にもない妾の「死の勝利」の書物とが、貴方への唯一の遺品となることです。

時折は、かつてこうした不逞な一人間が、女性らしくない人間が存在していた。そしてこの人間が幾分にもせよ、

貴方とかなり永い間、然も深い間交際を続けて来た──と云う事実を思い出して下さい。若しも貴方が、

妾を追憶してくれて、或る時の侘しい妾の気持ちを充たしてくれようとおっしゃられるのなら、

妾の墓石の前にすっきりと、新芽を伸ばしている常盤木の一枝を、捧げて下さいませ。  

 

妾は、咲いては萎んで了う、草花を一体に好みません。

あまり華々しく競って咲き誇る花類を好みません、

奇麗ではない、人目はひかない、だがいつも若々しく、

蒼天に向って、すっきりと伸び上がっている常盤木のその新芽を、

妾はこの上もなく、限りなく愛しています。  

では、新しく伸び上がるであろう常盤木の新芽、

中天に向って雄々しくもまた優しく呼びかけている新芽、

その再び廻り来る日のことを信じて、

妾は貴方に最後のお手紙を、差上げることに致します。 

バカボンド──貴方の幸福の日を祈っています

……では本当にさよなら。
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by pugan | 2011-06-16 17:40